Linux カーネルの TCP 脆弱性 CVE-2026-98432:Red Hat 製品への影響範囲と対応状況

Linux カーネルの IPv4 TCP 処理に存在する Use-After-Free の脆弱性 CVE-2026-98432 について、Red Hat の公式情報(Security Bulletin RHSB-2026-016、CVE ページ、errata、Bugzilla)を基に、Red Hat 製品での影響範囲と修正の有無を整理します。

本記事は 2026年11月4日時点の情報です。Red Hat の Bulletin は Status が「Ongoing」で、11月3日にも更新されており、今後も更新される可能性があります。

概要

項目 内容
CVE CVE-2026-98432(kernel: ipv4: free inet_opt and ireq_opt after an RCU grace period)
影響するソフトウェア Linux カーネル本体の IPv4 TCP スタック。カーネル 4.4 以降に存在し、上流では 2026年10月初めに修正
影響の内容 TCP 接続要求の処理中に、ソケットオプションが解放された後に参照される競合状態(Use-After-Free)。認証不要のリモート攻撃者がサービス停止またはリモートコード実行を引き起こす可能性がある
攻撃の条件 IPv4 の IP オプション(Record Route、Timestamp など)を付けた TCP 接続要求を、待ち受け中の任意の TCP ポートへ送る。再送された接続要求やソケット移行との競合を利用するため、タイミングの精度は必要だが権限やユーザー操作は不要
深刻度(カーネル CNA) CVSS v3.1: 9.8(Critical、AC:L)
深刻度(Red Hat) Critical。CVSS v3.1: 9.8(AV:N/AC:L/PR:N/UI:N/S:U/C:H/I:H/A:H)。当初 Moderate(5.9)→ 10月29日 Important(8.1)→ 10月30日 Critical(9.8)と段階的に引き上げられた
Red Hat Security Bulletin RHSB-2026-016(10月30日 公開、11月3日 更新、Status: Ongoing)
悪用状況 実環境での悪用報告はなく、CISA KEV にも未収載(11月4日時点)。Anthropic が10月27日に、未公開の内部モデルが MPTCP リスナーを持つ Linux サーバーに対して root 権限でのコマンド実行に成功したと発表(コードは非公開)。GitHub には競合を発生させて解放済みメモリの漏えいを検出するだけの検証コードが公開されている
緩和策 Red Hat は IP オプション付き IPv4 TCP パケットを破棄する nftables ルールを Bulletin に掲載。ただしパッチの代替ではない
IPv6 主たる経路では影響なし

出典:RHSB-2026-016、Red Hat CVE-2026-98432

Red Hat の深刻度評価の根拠

Red Hat が Critical(CVSS 9.8)とした根拠は、CVE ページの Statement に次のとおり記載されています。

  • 認証されていないリモート攻撃者が、標準的な IPv4 TCP トラフィックだけでカーネルメモリを破壊、またはシステムをクラッシュさせられる
  • ローカル権限もユーザー操作も不要
  • エンタープライズの標準的な TCP 設定は特別なチューニングなしに接続を受け付けるため、該当する並行処理パスが露出している
  • タイミング依存の Use-After-Free を確実なコード実行につなげるには精密なヒープ制御が必要だが、ネットワーク側の前提条件がないことと深刻な不安定化の可能性から、Important を超える影響と判断

MPTCP について、Red Hat は次の点を明記しています。

  • RHEL は既定で MPTCP を無効にしているが、それでも脆弱である
  • net.mptcp.enabled=0 の設定は、既定の RHEL では何も変えない。MPTCP の有効化は脆弱性の前提条件ではない
  • ss -Mlnp で MPTCP リスナーの有無を確認しても、露出の有無を判断する材料にはならない

出典:Red Hat CVE-2026-98432、RHSB-2026-016

影響範囲(Red Hat 製品)

製品 影響 備考
Red Hat Enterprise Linux 10 影響あり 修正済み(10.2、10.0 EUS)
Red Hat Enterprise Linux 9 影響あり 修正済み(9.8、9.6 EUS、9.4 / 9.2 の SAP 向け更新サービス)
Red Hat Enterprise Linux 8 影響あり 修正済み(8.10、8.8 の SAP 向け更新サービス / TUS)。kernel-rt も修正済み
Red Hat Enterprise Linux 7 以前 影響なし 脆弱なコードはカーネル 4.4 で導入されたもので、RHEL 7(3.10 系)以前には存在しない
Red Hat OpenShift Container Platform 4 影響あり 全ノードが RHEL CoreOS 上で動作し、影響するカーネルを含む。11月4日時点で修正版の記載なし。Red Hat は OpenShift 向けの緩和ガイダンスを準備中
RHEL カーネルに依存する階層製品(Red Hat OpenStack Platform、Red Hat Virtualization など) 影響の可能性あり 基盤となる RHEL カーネルを最新にする
NVIDIA 向け RHEL 10 影響あり 修正済み(RHSA-2026:93775、11月2日)

Red Hat は Bulletin で、脆弱なカーネルで IPv4 TCP ネットワークが有効なすべてのシステムが対象であり、特にインバウンドの TCP 接続を受け付けるシステムが直接的に晒されていると説明しています。

出典:RHSB-2026-016、Red Hat Bugzilla 2553390

対象パッケージと修正の有無

対象 修正の有無 修正パッケージ errata(公開日)
RHEL 10.2 kernel 修正済み kernel-6.12.0-211.72.1.el10_2 RHSA-2026:93413(11月1日)
RHEL 10.0 EUS kernel 修正済み — RHSA-2026:94508(11月3日)
RHEL 9.8 kernel(EUS / E4S / ELS 含む) 修正済み kernel-5.14.0-687.64.1.el9_8 RHSA-2026:93412(11月1日)
RHEL 9.6 EUS kernel 修正済み — RHSA-2026:94438(11月3日)
RHEL 9.4 E4S(SAP 向け更新サービス)kernel 修正済み kernel-5.14.0-427.161.1.el9_4 RHSA-2026:94109(11月2日)
RHEL 9.2 E4S kernel 修正済み — RHSA-2026:94477(11月3日)
RHEL 8.10 kernel 修正済み kernel-4.18.0-553.182.1.el8_10 RHSA-2026:93414(11月1日)
RHEL 8 kernel-rt(Real Time / NFV / ELS 8.10) 修正済み kernel-rt-4.18.0-553.182.1.rt7.523.el8_10 RHSA-2026:93415(11月1日)
RHEL 8.8 E4S / TUS kernel 修正済み kernel-4.18.0-477.178.1.el8_8 RHSA-2026:94303(11月3日)
NVIDIA 向け RHEL 10 kernel 修正済み — RHSA-2026:93775(11月2日)
OpenShift Container Platform 4(RHCOS) 未修正 11月4日時点で修正版の記載なし —

出典:Red Hat Bugzilla 2553390、各 errata ページ

※ RHSA-2026:93412(RHEL 9.8)は 18 件の CVE を含む累積更新で、advisory 全体の深刻度は Important と表示されます。CVE-2026-98432 単体の深刻度は Critical です。この errata には、Red Hat が RHSB-2026-014 で「潜在的影響あり」としていた ZDI-CAN-33367(skb_zerocopy)の修正も含まれています。

※ 上の表に載っていない EUS / E4S / AUS ストリーム(RHEL 9.0、8.6、8.4、8.2 など)の修正状況は、11月4日時点の公開情報では確認できませんでした。CVE ページの製品別一覧で確認してください。

※ 修正の確認は uname -r の出力を上の表の修正パッケージと比較します。更新後に再起動しない限り、修正は反映されません。

対応

  1. 稼働中のカーネルを確認する:uname -r
  2. errata を適用する:dnf update kernel(RHEL 8 / 9 / 10)、Real Time は dnf update kernel-rt
  3. 再起動する:systemctl reboot。再起動しない限り修正は反映されない
  4. 適用を確認する:uname -r が修正パッケージのバージョンになっていること、rpm -q --changelog kernel | grep CVE-2026-98432
  5. 緩和策として nftables ルールを入れていた場合は、修正カーネルで再起動した後に削除する:sudo nft delete table inet cve_2026_98432

Satellite / Red Hat Lightspeed(旧 Insights)を利用している環境では、該当 errata が適用対象として表示されます。

緩和策(Red Hat Bulletin より)

Red Hat は10月30日に、IP オプションを含む受信 IPv4 TCP パケットを破棄する nftables ルールを掲載しました。通常の TCP オプションは TCP ヘッダー側に載るため、一般的なアプリケーション通信は影響を受けないとしています。ただし、露出を減らすだけで完全には防げず、パッチの代替にはなりません。本番適用前に自環境のトラフィックで検証するよう注意書きがあります。

cve-2026-98432.nft として保存:

table inet cve_2026_98432 {
    chain input {
        type filter hook input priority -310; policy accept;
        ip protocol tcp ip hdrlength > 5 counter drop
    }
}

適用と確認:

sudo nft --check --file cve-2026-98432.nft
sudo nft --file cve-2026-98432.nft
sudo nft list table inet cve_2026_98432

Red Hat が MPTCP の無効化ではなくパケットフィルタを推奨する理由は、フィルタが「脆弱性が必要とする入力そのもの」を取り除き、既存の接続にも即時に効き、サービスの再起動も不要だからです。MPTCP の無効化は悪用経路の一つを塞ぐだけで、設定変更後に作られたソケットにしか効きません。

OpenShift Container Platform での注意

  • nftables ルールをノードに適用しても、効くのはノードのホストネットワーク名前空間を通る通信だけです。クラスター内の SDN を流れる Pod 間通信にはかからず、外部から Pod へ転送される通信にかかるかどうかはクラスターのネットワーク構成次第です
  • クラスター前段のネットワーク境界でのフィルタリングには、この制約はありません
  • Red Hat は OpenShift 向けの緩和ガイダンスを準備中で、Bulletin を更新するとしています

出典:RHSB-2026-016(11月3日 更新)

情報源

更新履歴

日時(JST) 内容
2026年11月4日 初版公開